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東京地方裁判所 平成元年(ワ)8280号 判決 1991年5月28日

原告 株式会社トキワ宣弘社

右代表者代表取締役 木下政明

右訴訟代理人弁護士 藤森功

同 伊藤まゆ

被告 サウンドこと 高橋英夫

右訴訟代理人弁護士 佐渡春樹

同 山口貞夫

同 出口治男

主文

一、被告は、原告に対し、金一一六五万八八五五円及びこれに対する昭和六三年八月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一、請求

被告は、原告に対し、金一一六五万八八五五円及びこれに対する昭和六三年八月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二、事案の概要

本件は、倒産会社の債権者委員会の委員長(原告)が、前委員長(被告)に対し、同人が委員長に就任していた当時に預託を受けていた倒産会社の現金一三六五万八八五五円のうちの一部である一一六五万八八五五円の返還を求めた事件である。

一、争いがない事実等

1. 訴外日本ノイホルム株式会社の倒産及び債権者集会(争いがない。)。

訴外日本ノイホルム株式会社(以下「訴外会社」という。)は、昭和五六年に設立され、健康食品を主体とした通信販売会社として、その業務を行ってきたが、昭和六三年二月一六日及び同年三月一六日に不渡りを出し、負債総額一五億円で倒産するに至った。

訴外会社は、昭和六三年三月一七日、弁護士藤森功及び経営コンサルタント服部洋一(以下「服部」という。)に、会社整理を委任し、同年四月一三日、債権者六五社約一一〇名が出席し、債権者集会が開かれた。

なお、訴外会社の全債権者の数は九五であった(乙六)。

2. 債権者委員の選任(甲二ないし四、証人服部洋一、原告代表者)

同年四月二七日に開催された第二回債権者集会(出席債権者 三三社五〇名)において、被告、株式会社千代田アド、株式会社中央アド新社、原告、株式会社笹谷商事、株式会社アベクラ、信英広告株式会社が債権者委員会の委員の指名候補とされたが、同年五月一〇日に開催された第一回債権者委員会において、株式会社千代田アド、株式会社中央アド新社が委員になることを辞退し、株式会社笹谷商事が就任を留保し、被告、原告、株式会社アベクラ、株式会社リブライフが委員に就任し、同年五月二三日に開催された第二回債権者委員会において、被告が、債権者委員長に選任されて就任した。また、委員として有限会社イズアルファが加わった。

3. 被告への送金(前段につき甲四、七ないし九、二〇、証人服部洋一、原告代表者、後段については争いがない。)

訴外会社は、同年五月二三日、服部に預けてあった在庫商品、現金及び売掛代金を、全債権者に債権額に応じて平等に分配するとの約定のもとに、債権者委員会に譲渡した。

服部は、債権者委員長である被告に対し、同日、売掛代金二七五万六四二五円を、更に同月二五日に一〇五六万五一四二円を、同年六月二七日に三三万七二八八円をそれぞれ送金(合計一三六五万八八五五円、以下「本件金員」という。)した。

4. 被告の辞任(甲五、一二、乙二八、原告代表者、被告本人)

被告は、昭和六三年六月九日、債権者委員を辞任する旨の内容証明郵便を訴外会社宛てに発送した。

そのため、同年七月九日に開催された第三回債権者委員会において、債権者委員の一員であった原告が、債権者委員長に選任された。

5. 催告(争いがない。)

原告は、被告に対し、昭和六三年七月二五日、一週間以内に、本件金員を返還するよう求めた。

6. 債権差押え・転付命令(乙一二、二八、被告本人)

被告は、訴外会社に対する手形訴訟の勝訴判決に基づき、昭和六三年一〇月一二日、「前日本ノイホルム債権者委員長高橋英夫(被告)」を第三債務者として、「訴外会社が第三債務者に対して、昭和六三年五月二三日付、寄託金契約に基づき、昭和六三年五月二三日から同年六月二九日までの間に寄託した金員の返還請求権(二三五六万五一八四円に満つる迄)」を対象債権とする債権差押え・転付命令(以下「本件債権差押え・転付命令」という。)を取得し、右命令は被告に送達された。

7. 債権譲渡(甲一五、原告代表者)

債権者委員会(原告、株式会社アベクラ、株式会社リブライフ、有限会社イズアルファ)と原告との間で、平成元年六月一〇日、債権者委員会の被告に対する預かり金返還請求権を原告に譲渡する旨の債権譲渡契約書が作成された。

二、争点

1. 原告は、被告に対する預かり金返還請求権を取得したか否か。

(被告の主張)

本件債権者委員会は、訴外会社の売掛金等を回収して現金を確保した後、恣意的に、被告を除く訴外会社の債権者の一部に配当をしたが、その際、本裁判費用に充てるため、五〇〇万円を配当から留保し、原告に本件訴訟をさせることを目的として、原告に本件預かり金返還請求権を譲渡しているから、信託法一一条に違反する。

また、本件債権者委員会は、訴外会社の全債権者の委任を受けておらず、そもそも債権者の代理権限を有しない。

(原告の反論)

本件債権者委員会は、訴外会社の売掛金等の回収、資産等の管理をして各債権者に配当する権限を有している。

原告を含む債権者委員らは、訴外会社の全債権者から選任されて債権者委員になったものであり、債権者委員として連帯して被告から預かり金を回収して全債権者に配当する義務を有しているから、本件債権者委員会から原告への債権譲渡は、債権者委員たる各社が有する権利を原告に集中したものにすぎず、信託法一一条に触れるものではない。

2. 本件預かり金返還請求権は、本件債権差押え・転付命令により消滅したか否か。

(被告の主張)

本件債権差押え・転付命令の対象債権は、昭和六三年五月二三日付けの寄託金契約に基づき、同年五月二三日から六月二九日までの間に被告が訴外会社から預かり保管していた金員の返還請求権であり、本訴で請求されている一一六五万八八五五円を含んでいるから、本訴提起の時点で既に訴外会社の被告に対する預かり金返還請求権は存在しない。

(原告の反論)

被告が前債権者委員長として預かり保管していた金員は、全債権者に平等に配分すべく債権者委員会に譲渡されたものであり、被告は、債権者委員長として債権者委員会のためにこれを預かり保管していたものであるから、本件債権差押え・転付命令の効力は及ばない。

第三、争点に対する判断

前記第二の一の1ないし7の事実を踏まえて、以下判断を加える。

一、争点1について

一般に、いわゆる任意整理は、債権者による債権者委員会への委任とこのような委任を受けた債権者委員会が倒産者の財産を支配することについての倒産者の同意を基礎として、受任者たる債権者委員会が、委任の趣旨に則して、倒産者の財産の保全、債権回収、配当等の手続きを実行していく手続であって、債権者による債権者委員会への委任の内容は、委任状によって明らかにされるべきものと解すべきところ、これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、倒産者たる訴外会社が、本件債権者委員会が財産を支配することに同意し、本件金員を本件債権者委員会に譲渡したことは認められるものの、債権者から本件債権者委員会に対する委任状は書証として提出されていないため、本件債権者委員会に対し委任した債権者の範囲、委任の内容は明確になっていないといわざるを得ない。

しかし、本件債権者委員会は、前記のような経緯によって結成されたものであって、訴外会社の任意整理を目的としていることは明らかであり、被告もその趣旨を了解した上で、債権者委員長に就任し、その結果、債権者委員長としての資格で、訴外会社が前記の趣旨で本件債権者委員会に譲渡した本件金員を預かったものであるから、被告が債権者委員を辞任した以上、本件金員は本件債権者委員会に返還すべき性質のものであり、被告の側において、本件債権者委員会に対する債権者の委任関係を問題にするのは信義則上も許されないというべきである。

次に、債権者委員会は、権利能力の点で問題があるため、権利行使等をする場合には、その代表者たる債権者委員長の名をもってせざるを得ない面があるところ、前記の債権譲渡契約書は、実質的には、債権者委員長たる原告が単独で被告に対する預かり金返還請求権を行使することにつき他の委員に異議のないことを明らかにしたものにすぎないとみることができるから、信託法一一条違反の問題は生じないというべきである。

二、争点2について

前記のとおり、訴外会社は、本件金員を全債権者に債権額に応じて平等に分配するとの約定のもとに、本件債権者委員会に譲渡したものであって、個人たる被告に寄託したものではなく、被告は、本件債権者委員会の代表たる委員長の資格で、右金員を預かっていたものであり、訴外会社に対し本件金員の返還義務を負うわけではないので、原告の被告に対する預かり金返還請求権に本件差押え・転付命令の効力は及ばない。

三、結語

以上によると、被告は、本件金員の一部である一一六五万八八五五円を原告に返還する義務を負っているところ、前記のとおり、原告は被告に対し、昭和六三年七月二五日、一週間以内に、本件金員を返還するよう催告しているから、被告は一週間を経過した翌日である同年八月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を付して支払う義務がある(原告は、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、その根拠たるべき事実を見出すことはできない。)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上哲男)

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